大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)17689号 判決

《住所略》

原告

黒沢陽子

東京都中央区日本橋1丁目9番1号

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

西修一郎

主文

被告は、原告に対し、金439万円及びこれに対する平成2年6月22日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

原告は、被告大泉西友営業所(以下「被告営業所」という。)との間で、昭和63年10月31日から証券取引をしてきたが、平成2年6月19日の取引における売却代金を被告営業所の担当者が原告に無断で買付けた株式買付代金に充当したもので、右充当は原告に対抗できないとして、右売却代金の支払いを被告に求めるのが本件事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、被告営業所に対し、平成2年6月19日、日立電子株式2000株(以下「日立電子株」という。)及び住友電工転換社債額面100万円(以下「住友転換社債」という。)の売り注文をし、同日、被告営業所は、これを受けて合計470万8094円(手数料控除、以下「本件売却代金」という。)で売却した。

2  被告営業所は、原告に対し、右同月22日、本件売却代金と住友転換社債の利金458円の合計額470万8552円から後記の本件買付け株式の代金443万5845円(手数料含む)を控除した27万2707円(以下「本件精算金」という。)を支払い、原告はこれを受領した。

二  争点

被告営業所の菅祐三(以下「菅」という。)が、平成2年6月19日に原告名義で買付けたサンケン株式1000株及びソニーマグネスケール株式1000株(以下「本件買付け株式」という。)は、原告の委託に基づき買い付けたものであるか否か。または、原告の本件精算金受領により、本件買い付けを原告が事後承諾したものとみることができるか。

第三  当裁判所の判断

一  原告本人尋問の結果によると、原告は、本件精算金受領の際に本件買付け株式の取引明細書の交付を同時に受けており、右金額が本件買付け株式の代金を差し引いた後の精算金であることを承知して領収したものであることを一応認めることができる。

二  しかしながら、原告本人尋問の結果によると、原告は、被告営業所との証券取引を数年にわたって行っており、本件買付け株式のほかの株式についても買付け相場より下落した株式を保有しているが、それらについては原告として何らクレームを申し出ていないことが認められる(弁論の全趣旨)。その点に鑑みると、原告が本件買付け株式のみを被告の無断買付けと主張することには首肯しうる点もないわけではなく、その後の原告の被告に対するクレーム(本社宛の通信欄を使って本件買付け株式の無断買付けを訴えたもの)を行ってきたこと(弁論の全趣旨)と併せ検討すると、菅が原告の委託に基づかないで本件買付け株式を原告名義で買付け、原告がこれに抗議をすると、本件買付け株式は優良株でもあり短期間で売り抜けるから事後承諾をしてほしいと強引に押しつけたので、本件精算金を受領しないでそのまま被告営業所の原告口座に残しておくと同様な手口で菅に利用されてしまうことを心配した原告は本件精算金をやむなく領収したものであることを認めることができる。また、原告が右趣旨で本件精算金を受領している以上、本件買付け株式の無断買付けを事後承諾する趣旨で受領したものと解することは相当でなく、被告主張のように、原告の本件精算金受領によって、本件買付け株式が原告の委託に基づくものと推定できるとか、原告の事後承諾に該当するとかの事実は認められない。

証人菅祐三は、本件買付け株式の買い注文を原告から平成2年6月19日に本件株式等の売り注文と一緒に受けたと供述するが、前記原告の尋問結果に照らして信用できず、菅がいわゆる証券マンとしてノルマ達成に精を出していたことからみると、原告が女性であり一旦買い付けてしまえば何とか事後承諾してもらえるものと安易に考えて原告の委託なしに本件買付け株式を買い付けたものとみるのがむしろ自然であるというべきである(弁論の全趣旨)。

三  問題は、原告が本件精算金を領収しながら、かつ、本件買付け株式の無断買付けのクレームを明確にせずに、徒らに時間を経過させてきた点をどのように評価すべきかであるが、原告が女性であることと、それほど証券取引に長けておらず、本社宛の投書は自分の首問題になるからやめてほしいとの菅の言辞に引きずられて被告本社へのクレームが遅れたこと(弁論の全趣旨)に鑑みると、原告の被告への対応の遅れを責めることは酷というものであって、被告が原告のクレームを受けて菅を被告営業所から他に転じさせたこと等にも窺われるように、原告に対して誠意ある対応をしようとはせずに、原告が本件精算金を領収したことをもって、本件買付け株式は原告の正規な買い注文によるものであると即断し、真摯に原告のクレームを調査しなかったことによる誤った結論を原告に押しつけたものであると解するのが相当である。

四  まとめ

以上によると、本件買付け株式は原告の委託に基づくものであるとの被告主張を認めるに足る証拠はなく、また、原告の本件精算金の受領が事後承諾に当たるものでもないから、被告が本件株式等の売却代金を本件買付け株式代金に充当したとして原告の本件請求を拒むことはできず、右充当の相当額に当たる443万5845円の内金439万円及びこれに対する本件売却代金の支払日である平成2年6月22日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める本訴請求は理由があるから、これを全部認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 澤田三知夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例